樋野 公宏(ひの・きみひろ)
愛媛県出身。東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻都市計画講座 准教授。博士(工学)(東京大学)。
専門分野は都市計画・まちづくり。「住居セキュリティ」をテーマに、防犯まちづくりや高齢社会のまちづくりを研究。
東京都足立区では防犯専門アドバイザーを務める。安全マップづくりを支援する愛媛県松山市久米地区を対象として、2012年に論文「子どもの地域活動の参加要因と健康関連要因の構造分析」を発表。
都心と郊外では安全環境の課題が異なる
—先生が愛媛県松山市久米地区に関わるようになったきっかけを教えてください
地域の安全な環境が、子どもの地域への愛着につながることは、以前からわかっていました。安全な環境をつくる一翼を担うのが地域社会です。
親が地域活動に参加するほど、当然ながら子どもと地域との接点も増えます。地域社会には、親と子が一緒に参加できる場づくりも求められています。
松山市久米地区では、これら2つの地域社会の役割について調査しました。
久米地区とは15年以上の付き合いになります。2004年に松山市役所を訪ねた際に「地域活動が熱心な地区」として、久米地区を紹介いただきました。
久米地区は、子どもから大人まで参加する地域活動が非常に盛んです。また、各校区で「見守り隊」が結成されるなど、子どもの安全環境についても関心が高い地域でもあります。
久米地区で最初に始めたことは「安全・安心マップ」作りです。
—なぜ最初の取り組みが「安全・安心マップ」作りだったのでしょうか
例えば、都心であれば犯罪数が多い一方で、人目のある場所もたくさんあります。人目がある場所は犯罪リスクが低くなりますね。
郊外の場合、犯罪数こそ少ないものの、人口が少ないため人目につくきにくい場所も多くなります。そういった意味では、危険な場所がたくさんあると考えられます。
他にも、自然環境や交通量、防犯灯の数(夜の明るさ)も地域ごとに差があります。公園も、郊外であれば子どもが利用しますが、都会だとよくサラリーマンが休憩していますね。
こうした地域の特性を把握することは、防犯対策を練るうえで重要です。久米地区の特性を知り「安全・安心マップ」を作成したことで、地域の課題が顕在化したと思います。
マップ作りでは、子どもも大人も一緒に課題探しを行いました。子どもの目線も存分に取り入れることができたので、より活用できるマップになったと思います。
久米地区の「安全・安心マップ」は、我々が協力していることもあり毎年更新していました。珍しい事例ではないかと思います。
—久米地区の「安全・安心マップ」作りはどのような効果をもたらしましたか?
マップのおかげで、見通しの悪い公園の植木を切り整えたり、通学路を見直したりすることができました。また、マップを毎年更新することで、前年の対策の効果を確認できたり、新たな課題を発見できたりする点もメリットだと思います。
久米地区では「安全・安心マップ」を毎年更新することで、地域と学校の関係が構築できたことも大きかったのではないでしょうか。
マップ作りは準備に時間がかかる大変な作業です。地域の組織が主体となり、それを学校が支援することで新しい関係が生まれたことで、地域の安全環境づくりが継続的に実施できていると感じます。
子どもの心身の健康は地域が育てる
—先生は「地域活動が子どもに与える影響」を調査するため、なぜ愛媛県松山市久米地区を選ばれたのでしょうか
「安全・安心マップ」づくりを通して、久米地区では様々な取り組みが行われていることを知りました。久米地区の多様な活動が、子どもたちの心身の健康、ひいては地域の健康につながっているのではないかと思ったのです。
論文「子どもの地域活動の参加要因と健康関連要因の構造分析」では、久米地区の親子へ「地域への愛着」「地域活動への参加度」について質問しました。結果、地域活動への参加度が高いほど、地域への愛着も高くなることがわかりました。
論文では、地域社会とつながることで得られる3つの健康について述べました。身体的健康、精神的健康、社会的健康の3つです。
地域の祭や運動会などに参加すれば、体を動かすことで身体的健康を得られます。行事への参加は、地域に親しみを持つきっかけになり、精神的・社会的健康にもつながるでしょう。
久米地区の調査では、地域活動が子どもの健康に大きく関わっていることがわかりました。仮説通りの結果を得られたことになります。
—先生ご自身は、子ども時代、地域社会と関わることでどのような影響を受けられましたか
私の経験上ではありますが、3つの健康を育む場は、たしかに地域社会との関わりの中にありました。
例えば、地域の清掃活動では、子どもが大人と一緒に参加して地域住民と交流します。私が子どもの頃もよく参加していましたが、清掃活動は子どもが地域社会と接点を持ち「社会的健康」を育む場になっていたと思います。
清掃活動を通して住民とつながることは、地域に愛着を持つきっかけになります。地域に愛着が湧くことで「精神的健康」も得られたと思います。
地域の安全環境づくりに必要な視点
—久米地区のような「安全・安心マップ」が居住地域にない場合、私たちはどのようにして安全な環境づくりを試みればいいのでしょうか
子どもと一緒に通学路を歩いてみるだけでも違います。
公共交通機関が発達していない郊外になるほど、大人は少しの距離でも車で移動します。車中からでは、子ども視点で地域安全の課題を見つけることは困難です。
趣味を上手に活用するのもいいでしょう。毎日のランニングが趣味なら、走りながらほんの少し周囲の風景に気を配ってみると、安全面の課題が見えてくるはずです。
危険な場所がわかっていれば、避けて通るなどの対策も可能になります。
地域ぐるみで「安全・安心マップ」作りをするなら、所属している町内会や自治会に呼びかけてみるのもいいですね。学校のPTAと一緒に、子どもの安全を守る取り組みとして進めるのも有効です。
新興住宅地であれば、同じような子育て世帯が集まっています。同世代の住民で協力し合うのもおすすめです。
—安全面において地域の課題を探す場合、特に気を付けたい場所はありますか
まずは公園ですね。特に大人の目が届きにくい、子どもだけが利用する公園は、見通しなどを一度確認しておくといいでしょう。
最近では、空き家や空き地も増えています。子どもたちだけで入って行ってしまうこともあるので注意が必要です。
どういった危険が発生し得るか、具体的に想像してみることが大事だと思います。
ワークライフバランスの中に地域活動を
—地域で安全・安心な暮らしを築くため、私たちはどうすればいいでしょうか
防災の観点からは、災害時に孤立しないよう、ふだんから近隣住民との関わりを持っておくと安全です。
高齢の一人暮らしであれば、福祉サービスを利用する際に地域のお世話になります。福祉の観点からも、地域とのつながりは必要です。
誰もが、ひとりきりでは安全・安心を確保できません。お金で解決できることは限られています。
地域住民とつながることは一種の“保険”です。地域と関わりは、困った時に必ず助けになります。
近所づきあいを面倒に感じているなら、「いざという時の保険だ」と考えて地域活動に参加してみてはいかがでしょうか。
—現代社会においては地域の交流も希薄になっていますが、どうすればつながる“きっかけ”ができるでしょうか
公民館や集会所には顔を出せなくても、つながる方法はいくらでも考えられます。
例えば、地域の清掃活動に参加するだけでも、地域住民とのコミュニケーションが可能です。新型コロナウイルスの影響で制限を受けている地域活動もあると思いますが、屋外の清掃活動であれば感染のリスクを抑えながら参加できるでしょう。
子育て世代であれば、学校を通じて保護者同士のつながりを持つのもいいですね。地域に知人がまったくいなければ、趣味の集まりをインターネットで検索して参加してみるのもいいでしょう。
—時代の変化に合わせた“つながり”を検討してもいいですね
新型コロナウイルスの流行がきっかけで、ワークライフバランスを考え直したいという人も多いと思います。その新しい生活の中に、地域活動も組み入れてみてはいかがでしょうか。
私が防犯専門アドバイザーを務める東京都足立区では、各世帯に「参加できる地域活動」についてアンケートを実施しました。結果、「毎晩のパトロールはできないけれど、月に一度の公園の掃除ならできる」「高齢で参加できる活動は少ないが、子どもたちの登下校時に家の前で挨拶ならできる」といった声を集めることができました。
住民がそれぞれ可能な形で活動に参加できれば、もっと柔軟に地域へ関わっていけるはずです。
「地域に溶け込むきっかけがない」と悩んでいる若い人も少なくないはずです。地域が情報をひらき、選択肢や受け皿を用意すると、安全環境もぐんと良くなると思います。
—地域の安全環境を考えた時、引越し先はどのように選べばいいでしょうか
多くの場合、引越し先を選ぶのに、間取りや家賃などを重視しがちです。しかし、安全面を考えるなら、その地域の特性を調べることをおすすめします。
地域活動は熱心か、子育て支援は手厚いかなど、事前に地域の情報を手に入れておくと引越し後に困ることもないでしょう。これらは、防災情報、建物の管理状況などと同じように、安全・安心な暮らしに必要な情報だと思います。
こうした不動産会社で扱っていない地域の特性こそ、今後は住宅の価値を決める基準になっていってほしいですね。
遠く離れた場所へ移り住むのであれば、体験移住をしてみるのもおすすめです。実際に地域住民と話す中で、インターネット上にはない情報を手に入れられるでしょう。