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中山 徹(なかやま・とおる)
国立大学法人 奈良女子大学 生活環境学部 教授。工学博士(京都大学)。
一級建築士。専門は都市計画学。
大阪府豊中市生まれ。
関西大学大学院工学研究科修士課程修了(建築学専攻)。
京都大学大学院工学研究科博士課程修了(建築学専攻・三村研究室)。
明石工業高等専門学校助教授、奈良女子大学大学院准教授などを経て2010年より現職。
少子高齢化は都心部と郊外・地方で連鎖的に起こっている
—人口減少によって、地域社会にはどのような課題が生まれているのでしょうか
日本は2008年をピークに人口が減り続けています。2019年で見ると、人口は東京都など7都県で増加しているものの、その他の道府県では減少しています。
人口に関する問題は地域ごとに異なります。同じ県内でも、都心では人口が増えている一方で、郊外では減っているという現象が起こっているのです。
例えば、タワーマンションが新しく建った都心部では、人口が増えたため小学校が足りていません。かつてファミリー層が郊外へ出て行ったため、小学校を減らしたことも要因の一つになっています。
一方の郊外でも、人口が減っているため学校の統廃合が進んでいます。教育の場がなくなればファミリー層が離れていってしまうので、過疎化がますます進んでいくでしょう。
—地方だけでなく大都市圏の郊外においても人口減少が深刻なのですね
地方と大都市圏の郊外では、人口が減るのと同時に高齢化が進んでいます。人口移動で出て行くのは20代~30代の若い層だからです。
若い層が出て行くと、地域経済が回らなくなってしまいます。雇用創出や資源の活用などが進まなければ、地域社会の維持は困難になるでしょう。
少子化問題の原因は都心部にもあります。例えば、東京では人口が増え続けていますが出生率は全国で最下位です。
東京に流入してくる若い子育て世帯が、保育所に子どもを預けられなかったり(待機児童問題)、学童保育に入れなかったりしています。これら子育ての難しさが少子化を加速させているのです。
大都市圏に若者が集まり続けている限り、全国の少子化問題は解決しないでしょう。もはや、一地域の取り組みだけで解決できないほど深刻化していると言えます。
若い世帯が駅から離れた地域に住むための課題
ーファミリー層が郊外や地方に定着するには、どのような対策が効果的でしょうか
私は論文「若年層の転居理由別に見た居住地選択要因に関する研究」で、奈良市の転出入者について調査しました。奈良市も、他の地方都市と同じく、若い世代が転出しているという実態があります。
他にも、奈良県全体に言えることですが、郊外では駅近くのマンションに若い世帯が偏っており、駅から離れた地域で高齢化が進んでいることが課題にあげられます。
郊外にファミリー層が定着するためには、公共交通の改善、駅までの利便性の確保が必要です。共働が珍しくない昨今では、配偶者を駅まで送り迎えできない世帯も多いので、電車やバスへのアクセスが重要になります。
残念ながら奈良市は、駅から離れた郊外にアクセスするための公共交通が充実していません。しかし、予算や採算の面から、なかなか改善できないのが実情です。
ー駅から離れた郊外へのアクセスは、どうすれば改善できるでしょうか
私が奈良市に提案しているのは「バスの無料化」です。バスが無料になれば、駅から少し離れた場所でも住もうと考える人が増えるはずです。
バスを無料にすると、経営的には当然赤字になります。しかし、人が集まれば住民税は増えますし、進出する店舗も出てくるでしょう。
私は、バスの採算だけを見るのではなく、地域経済をトータルで立て直していく必要があると考えています。
地域経済をマンションに例えてお話しますと、バスはエレベーターです。マンションの住人は共益費を払うことで、いつでも無料でエレベーターを使用できます。エレベーターが利用できるから高層階の入居者も決まるのです。
マンションのエレベーターと同じように、町の中をいつでも無料で移動できるバスがあれば、駅から離れた場所にも人は住みます。バスの維持費を税金でまかなえるといいのですが、実現までの道のりはまだまだ遠そうです。
ー実際に公共交通を無料にしている自治体はあるのでしょうか?
日本にはまだないですが、ヨーロッパ地方では約100都市でバスの無料化が実現しています。運転手に定年後の人を再雇用して運営しているようです。
もちろんバスの無料化だけで、地方の少子高齢化問題は解決しません。しかし、無料の公共交通があれば、若い世帯が地方に定着しやすくなります。
若い世帯のU・Iターンを受け入れる仕組みづくりが必要
ー若い世帯が地方に戻って来るにはどうすればいいですか?
奈良市の調査では、若者は就職や結婚、住宅購入などが理由で転出していることがわかりました。転入の理由としてあげられるのは親との同居、つまりUターンです。
それ以外で若い世帯を呼び込むなら、空き家の活用が一つの有効な手段になると思います。最近では、空き家を斡旋する「空き家バンク」も増えていますね。
空き家をうまく利活用する取り組みを自治体が進めることで、他地域から若者を招くことができるのではないでしょうか。
ー若者が空き家バンクを使ってU・Iターンするうえでの課題はありますか?
一つあげるとすれば、転入先のコミュニティとの関係が大事だと思います。単純に気に入った建物に引越せば良いというわけではありません。
新興住宅地や新築マンションに引越すのであれば、そこで新たにコミュニティができるので溶け込んでいきやすいですね。ところが、空き家に移り住むのであれば、ほとんどの場合元からコミュニティが構築されています。
後からコミュニティに加わる心理的な壁は、郊外に行くほど大きくなるでしょう。
私たちは、空き家の利活用とセットで、若者を受け入れるコミュニティづくりも提案しています。受け入れる側が意識しなければ、下手をするとU・Iターン者だけでコミュニティができてしまい、元からあるコミュニティと交流がなくなってしまいます。
ー若者を受け入れるため、地域のコミュニティはどういった取り組みをすればいいのでしょうか
一番つながりやすいのは子育て世帯同士でしょう。転入してきたばかりだと、どこにどんな店があるかなどわからないので、そういった身近な情報を伝えるために声をかけると交流が生まれます。
保育園や小学校の教員、あるいは子どもを通じて、保護者同士がつながることもできますね。それをしぜんに任せるのではなく、地域コミュニティが仕組みをつくってあげるといいと思います。
ー奈良市では町家もたくさんありカフェや雑貨店が観光客でにぎわっていますが、このような資源を活用することでも地域は活性化しますよね
町家や民家を活用することで得られる効果も、もちろんあります。カフェや民宿を営業することで、地方からの来訪者も増えるでしょう。
デザイナーや陶芸家などが移住してきて、空き家を改装してアトリエを構える例も少なくありません。廃校になった小学校を利活用して、レストランを経営する人もいます。
こうした人たちは定着しやすく、地域のコミュニティとの交流も盛んです。教室を開けば、そこで趣味を通じた住民同士のつながりも生まれます。
地域の資源をうまく活用することも、U・Iターン者の受け入れにつながるのではないでしょうか。
若い世帯が地方に住むメリットとデメリット
ー若い世帯が地方に移り住むメリット・デメリットはあるでしょうか
地方に住めば生活費を抑えられます。住宅を購入するのであれば、同じ価格でも都心よりスペースを広く確保できるでしょう。
最近は、新型コロナウイルスの影響で郊外への移住を検討する若者もいるようですが、インターネット環境が整っていればテレワークも可能です。仕事を変えずに済むのであれば、郊外へ移住するメリットも大きいと思います。
子どもの教育環境が整っていない地域であれば、進学の問題がデメリットになり得ます。農山村地域であれば、中学校までは家から通えても、高校は都心にしかない場合も少なくありません。
高校がない地域であれば、一家そろって引越す、家族で分かれて住む、子どもが寮に入るなどの選択肢が必要になります。多くの場合、その地域に高校がなければ、一家で都心へ戻って行ってしまうでしょう。
ー農山村地域の教育問題は、日本だけが抱えているのでしょうか
日本だけというわけではありません。ただ、ヨーロッパの農村であれば少し事情は異なります。
ヨーロッパの農村では、高校までであれば地域で教育を受けられます。また、第一次産業でそれなりに食べていける状況にあるのも、日本の農村とは大きく異なる点です。
日本では、農業や林業だけで地域経済を回していくことが、かなり難しくなっています。日本の食料自給率の低さは、若い世帯が地方を離れる要因にもつながっていると言えるでしょう。
さらに、日本では東京に行政・金融・情報などが一極集中しています。海外であれば、金融や情報、自動車産業の中心地が地方に分散しているのが当たり前で、日本の状況は例外的です。
この一極集中が続く限り、日本の人口は東京へ流れ続け、少子高齢化は進んでいくと思います。
海外の先駆的な事例を日本の課題解決に役立てたい
ー先生のご専門は都市計画学ですが、今後はどのような研究を進めていかれたいですか?
今後も日本の人口は減り続けるので、「人口減少時代のまちづくり」が必要だと考えています。
例えば、最初に人口減少を前提にしたまちづくりを進めたドイツも研究対象です。また、アメリカであれば、かつて自動車産業で栄えた北部のデトロイト、鉄鋼業で栄えたピッツバーグも調査しています。
他には、観光公害に悩んでいる都市のまちづくりにも注目しています。スペインのバルセロナ、イタリアのベネツィアといった都市が行っている対策は、日本の京都・奈良の観光都市にも応用できるでしょう。
日本だけを見るのではなく、海外の先駆的な事例から学ぶことを大事にしています。
ー奈良女子大学には、どのような国・地域から留学生がやって来ているのですか?
私の研究室には、中国の内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区から来た留学生がいます。奈良女子大学には、日本の大学で修士号や博士号を取得したいと考えている留学生も多いですね。
私は、民族の特性を活かしたまちづくりについても研究しているので、中国の少数民族が住む地域のまちづくりにも大変興味があります。去年までは、よく四川省のチベット族のまちへ出向き調査をしていました。
民族の文化や伝統を活かした現代的なまちづくりを、留学生と一緒に考えていきたいですね。