「ちちぶ空き家バンク」が生み出す地域社会の好循環

若者の農山村地域への移住ブームで、空き家バンクが地域に果たす役割も広がりを見せています。今後は、コロナウイルスの影響によりテレワークを選択した世帯が、空き家を利活用するニーズも増えてくることでしょう。

この記事では、日本大学の畑山直子先生が調査をされている、埼玉県秩父地域の「ちちぶ空き家バンク」について紹介しています。単に空き家を紹介するだけでなく、移住者と移住者、移住者と地域住民をつなぎ、地域社会に良い循環をもたらしている活動に注目です。

畑山 直子(はたやま・なおこ)

畑山先生プロフィール写真

埼玉県出身。日本大学 文理学部 研究員。
専門は地域社会学、ライフコース研究、質的調査法。都市から農山村へ移住する若者のライフコースを研究している。
所属学会は、日本社会学会、地域社会学会ほか。

地域の空き家と移住者をつなぐ「空き家バンク」

ー「空き家を移住者に利用してもらおう」という動きの背景には、どのような事情 があるのでしょうか

全国各地では、新築住宅が建ち続け、総住宅数が増加していますが、総住宅数に占 める空き家の比率も増加し続けています。空き家は適切に管理しなければ老朽化しますが、放置されている建物も少なくありません。

建物が災害または老朽化で倒壊しますと、近隣住民に危険が及びます。そこで自治体では、空き家の所有者を探し出し、解体などを含む適切な措置を講じるよう、所有者に対して働きがけをおこなっています。

しかし、老朽化が進み、取り壊すしか方法がない空き家ばかりではありません。中には、利活用できる状態のもの、所有者が解体を望んでいないものもあります。

空き家の扱いに困っている所有者もいます。思い出があって取り壊したくない家でも、維持管理費はかかるし、固定資産税も支払わなければなりません。

そんな空き家事情にマッチしたのが、地方へ移住したいという人々のニーズです。空き家バンクは、そんな移住希望者を地域につなぐ役割を担っています。

ー全国各地で活動する空き家バンクの中で、先生が「ちちぶ空き家バンク」に注目されたのはなぜですか?

秩父地域で空き家の活用を支援しているのが「ちちぶ空き家バンク」です。秩父地域は埼玉県の西部にあり、秩父市、横瀬町、長瀞町、小鹿野町、皆野町の1市4町で構成されています。

埼玉県はむしろ、他県へ移住者を送り出す地域ですが、移住者を受け入れる自治体も増えてきました。その先駆的な地域が秩父地域です。

例えば、さいたま市から秩父市へというように、県内で移住する人が少なくない点も特徴的です。

私が移住地としての秩父地域に興味を持った時、「ちちぶ空き家バンク」は移住者向けのイベントやセミナーで中心的な役割を担っていました。

「ちちぶ空き家バンク」は、自治体と埼玉県宅建協会秩父支部が協力して運営しています。具体的には、自治体職員のほか、不動産業者、建築士、工務店、建設会社の社員など多彩な方々で構成されています。

「ちちぶ空き家バンク」の母体は民間団体であり、そこに行政が加わって組織化していったという経緯があります。

自治体発の組織でないところも、大変おもしろいと思いました。民間企業が空き家バンクの中心を担っているというのは、全国でも実はそれほど多くありません。

今では、移住の相談に役場を訪れると、そこで「ちちぶ空き家バンク」を紹介されるという流れができつつあるようです。

「ちちぶ空き家バンク」は移住者を引越し後もフォロー

ー移住希望者は、どのようにして「ちちぶ空き家バンク」で空き家の契約を進めるのでしょうか?

空き家の利活用には、一般的に、自治体と移住希望者(空き家利用希望者)、空き家の所有者の三者が関わります。

まず、移住希望者は自治体の窓口で、自治体に登録されている空き家の情報提供を受け、所有者と直接交渉して、購入または賃貸借契約に進みます。

このとき、不動産業者などの専門家が仲介することはもちろんあります。

しかし、利用希望者と所有者間での契約成立後にはじめて工務店が入るような場合、見た目よりも老朽化が進んでいて、予算以上に修繕費用がかかってしまうといった例も発生しやすいでしょう。

一方、「ちちぶ空き家バンク」の場合は、はじめの段階から専門家である民間が深く関わっています。

「ちちぶ空き家バンク」では、空き家の登録段階で不動産業者が下見や調査を行っており、家の状態(老朽化の度合など)を把握しています。

そのため、手を入れるべきところ、修繕費用の目安などを契約前に知ることができます。「ちちぶ空き家バンク」の組織構成は、契約後のミスマッチを減らすことにもつながっているようですね。

ー「ちちぶ空き家バンク」は移住後にどのような支援をしてくれるのでしょうか?

「ちちぶ空き家バンク」には不動産業や建設関係の専門家が多く所属しているので、建物の維持管理についても相談に応じてくれます。

また、彼らの中には秩父地域の出身者が多く、移住者が地域に溶け込めるよう橋渡し役も担っています。

生活に関わる相談をはじめ、地域の特性などをレクチャーしたり、他の移住者とつないだりしてくれるので、移住者にとっても心強い存在ではないでしょうか。

さらに、空き家バンクが移住者の交流会を主催することもあります。こうした場を提供することが、移住者が地域になじむきっかけになっているようです。

「ちちぶ空き家バンク」が生み出す好循環

ー実際に「ちちぶ空き家バンク」を利用して移住した人の事例を教えてください

「ちちぶ空き家バンク」で大変興味深い事例として紹介したいのが、創業支援にもつながったケースです。

移住希望者は「秩父地域で食堂を経営したい」という一家でした。そこで、空き家バンクでは店舗と住居の両方を仲介しました。

この事例の特徴として、店舗と住居が異なる自治体にあることです。二つの自治体にまたがって空き家を仲介できたのも、広域で活動する「ちちぶ空き家バンク」だからこそです。

その後、食堂は、空き家バンクが主催するイベントの昼食会場になったりしています。また、空き家バンク関係者による「口コミ」もお店にプラスの効果をもたらしていると思います。

移住と創業における「秩父モデル」とも言うべき成功事例ではないでしょうか。

ー「秩父を盛り上げたい」という空き家バンクの活動が、良い循環を生んでいます ね

移住者が経営している食堂ということで、移住・創業を検討している人の参考になっていると思います。

先輩の移住者から次の移住者へ。空き家バンクと移住者がつながることで、良い循環が生まれていることは間違いありません。この循環が、ひいては秩父地域全体の経済を活性化することになるでしょう。

ー創業者が増えると、若い人の移住も活性化しそうですね

実際にその兆候は見られます。様々な個性を持った移住者によるおしゃれな店舗も増えていますよ。

店舗が増えたこともあり、有志で秩父地域内の美味しいものを巡ったり、SNSで宣伝する人も増えました。こうした活動が、若い世代が秩父地域に興味を持つきっかけになっています。

移住には地域の環境や特性を知ることが大事

ー秩父地域に限らず、農山村への移住に必要なものとは何でしょう?

「ちちぶ空き家バンク」を介して古民家に移住された年輩の女性がいます。その方によると、農山村での暮らしには「軽トラックとインターネット環境の二つが必要だ」というのです。

秩父地域の厳しい冬を古民家で乗り越えるためには、大量の薪が必要になるので、薪を運ぶには軽トラックが最適なようです。

また、インターネット環境があれば、情報収集だけでなく、買い物などもできます。言われて私もなるほどと思いました。

ー移住者が農山村地域で暮らすにあたり、注意すべきことはありますか?

地域の特性をよく知らずに移住すると、住民とうまく打ち解けられないミスマッチが起こるでしょう。地域ごとのルールを事前に把握しておくことが大事です。

気候についても知っておく必要があります。山間部の冬は想像以上に厳しく、雪深い地域も珍しくありません。

そんな山間部にある古民家であれば、断熱材での対策を怠ったり、薪の確保を考えていなかったりすれば、冬はとても住めたものではないでしょう。

下調べをせず、住宅だけ見て移住を決めてしまわないようにしたいですね。移住にあたってまず大事なのは地域への理解だと思います。

ー空き家を見て気に入った、だけで移住するのは危険ということですね

空き家を見て「すてきだな」と思った、その“心の動き”は大事にしてほしいです。建物を気に入ることも大事な要素の一つですから。

下調べは「すてきだな」の心を温め、育てるための行動だと思います。地域の様々な側面を知り、納得して移住できるといいですね。

移住を検討する時、自身のワークライフバランスを見直すと思います。働き方や家族との時間など、改めて自分と向き合う機会と思ってもらえたら嬉しいです。

ー地域の人々は、若い世代が移住してくることに対してどう感じているのでしょうか

最初は少し警戒心を持って接するようですね。それは、若者だからというわけではなく、移住者が「何者かわからない」「どんな仕事をしているか知らない」という理由からです。

それが、少しずつ移住者が活動を重ねていくうちに、地域の方々も徐々に「がんばっているね」と思うようになるそうです。そうして理解が深まれば交流も増え、人の輪がどんどん広がっていきます。

好循環を生んでいる秩父地域では、移住者の存在がきっかけとなり、他地域から人びとが訪れるので、毎週末が賑やかなのだそうですよ。高齢の方も「若い人の声が聞こえるだけで元気になる」と嬉しそうにされています。

社会学的な観点は身の回りの物事を見直すきっかけになる

ー移住と地域社会の関係を大変興味深く拝聴しましたが、そもそも先生はなぜ社会学を志されたのでしょうか?

私が社会学と出会ったのは19歳の時です。

ふだんの生活において「当たり前のこと」として教えられた、あるいは周囲がそう受け止めている物事がありますね。私はそういうものに対して疑問や違和感を抱くことがあり、社会を窮屈だと思っていました。

その「窮屈」が何か、言葉を与えてくれたのが社会学です。社会学を学ぶことで、物事の視点を少しずらして見る方法を得ました。

当たり前は、当たり前じゃないかもしれない。そこに気付かせてくれるのが社会学だと思います。

社会学を志して、疑問や違和感を持ってもいいんだ、自分と異なる考え方を持つ人がいてもいいんだと思えるようになりました。

ーインターネットには情報が溢れ、自分に都合の良い情報だけを選べてしまうので、社会学的なものの見方がしづらくなっている気がします

確かに、今の学生たちは違和感に気付きにくい社会を生きているかもしれません。あるいは、違和感を違和感として表明する術を持っていない場合もあります。

大学の講義でも、当たり前だと思っている物事について、少し視点をずらして考えてみる機会を設けています。ところが、最初のうちはその「当たり前」が何かがわからない学生が少なくないですね。

例えば、「なぜ学校に行かなければいけないのか?」という疑問を抱いたなら、次に「学校に行かずに学べる方法はないか」と考えてみる。こういった習慣が身についてくれると、多面的なものの見方ができるようになるでしょう。

こうした社会学的な考え方は、移住におけるワークライフバランスの見直しにもつながってくると思います。皆さんにもぜひ、身の回りの物事を見直す機会を持ってもらえたら嬉しいですね。

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