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山本 幸子(やまもと・さちこ)
筑波大学 システム情報系社会工学域 准教授。博士(工学)(山口大学)。
山口大学 工学部 感性デザイン工学科を卒業。2017年より現職。
研究分野は都市計画・建築計画。受賞歴として
「木の建築大賞(2015年)」「都市住宅学会賞(2019年)」など。
所属学会は、日本建築学会、都市住宅学会、農村計画学会。
農山村地域でゲストハウスが増えている理由
ー先生は研究対象の一つとして農山村地域のゲストハウスに着目されていますが、それはなぜでしょうか
私の専門は、建築計画・地域計画です。空き家や古民家、廃校など使われていない建築を活用し、地域を活性化する手法について研究をしています。
その対象の一つとして、ゲストハウスに着目しました。近年、空き家を活用したゲストハウスが農山村地域で増えています。
—農山村地域でゲストハウスが増えているのはなぜですか?
農山村地域のゲストハウスは、インバウンドによって宿泊需要が高まっている都心のゲストハウスとは、増加の事情が異なると考えています。
農山村地域でゲストハウスに宿泊するのは、主に国内旅行者です。ローカルな旅をしたい、田舎暮らしを体験したいといったニーズが少なからずあり、それが農山村地域のゲストハウス増加につながっています。
こうしたニーズに応えるように、ゲストハウスを開業する若者も増えています。1990年~2000年代から、農山村地域では移住者が増える傾向にありました。
特に2010年代において、20代~30代の若い層で移住希望者が増えたようです。そして近年、地方で開業を志す若者が増えています。その起業選択肢の一つとして、ゲストハウスがあるのではないでしょうか。
ゲストハウスは、仕事場と住まいを同じ建物で兼用できます。そういう意味では開業しやすいと言えるでしょう。
ーゲストハウスを利用するのは主に若い層なのでしょうか
ゲストハウスの定義は明確ではないものの、ほとんど「簡易宿所」で登録されていると思います。ドミトリー(相部屋を前提とした部屋)が多いのではないでしょうか。
私も、ゲストハウスの宿泊客は若者が多いのかなと思っていたのですが、経営者にたずねたところ年齢は意外にも幅広いようです。年配の一人旅も珍しくなく、バイクでふらっと訪れる人もいると聞いています。
国内のゲストハウスを渡り歩くのが好きな人もいるようです。ゲストハウス同士の横のつながりも強く、情報交換は密に行っているようですね。
ゲストハウスを介した新しいコミュニティづくり
ーどのような若者が農山村地域で、空き家を利活用してゲストハウスを開業するのでしょうか
私が調査した例ですと、皆さん若くて20代~30代前半、単身者または夫婦でゲストハウスを開業されています。特に単身男性が多かったですね。
調査した開業者の前職は、薬剤師やWeb制作、ホテル業や栄養士などでした。皆さん、ゲストハウスを本業または副業として、他に前職を活かした仕事を持っていました。
ゲストハウスを経営するかたわら、地域住民の仕事を手伝うこともあるようです。農作業などに協力することで、収入を得られるだけでなく、地域に溶け込みやすくなるので、いい方法だと思います。
ー特に建築の専門家ではない若い層が、空き家をゲストハウスに改修するのは難しいように思うのですが
建築を専門に研究している私も、空き家改修のハードルは高いだろうなと想像していました。しかし、調査をしてみると状況は少し異なっていたんです。
今の20代~30代は考え方が柔軟で、改修も自分たちでやってしまうんですね。「改修は専門家がやらなければならない」という先入観がないんです。
彼らはYouTubeでDIYの方法を見たり、同じゲストハウス開業者に聞いたりして改修します。素人だけでは難しい配管などは、地域の人のつてで専門家を呼んでもらって教わりながらやっているようです。
改修費用を抑えるための行動だと思うのですが、たくましいなと関心します。
ーそうはいっても、自分たちだけで改修するのは大変ですよね
改修の過程をオープンにして人手を確保する例もあるようです。空き家の利活用に興味がある人をSNSなどで募り、ワークショップを開いて一緒に改修作業を進める例も少なくありません。
ワークショップに参加するのは、古民家に移り住みたい人、ゲストハウスを開業したいと考えている人です。彼らはボランティアとしてやって来るので、改修費用の節約になります。
ワークショップの効果は節約だけではありません。ワークショップを通して、同じような目的を持つ仲間同士のコミュニティが築ける点もメリットです。
改修作業を通して、ボランティア参加者は建物に愛着を持ちます。そうすると、後々ゲストハウスの宿泊客になってくれますし、SNS等でゲストハウスを紹介して友人や知人を呼び込んでくれます。
空き家を活用すれば湿気による老朽化が防げる
ーゲストハウス等に利活用されずに放置された場合、空き家にはどういった危険が発生しますか?
空き家でも、適切な管理をしていれば老朽化を防ぐことができます。年に数回は風を通したり、庭の手入れをしたりしなければなりません。管理されないと建物の傷みが進行します。
農山村地域の建物は木造が多いので、風を通さなければ湿気がたまります。屋根瓦が落ちると雨漏りしますが、これに気付かず放置して、改修できないほど老朽化してしまった例も珍しくありません。
他にも、空き家の倒壊によって周辺に被害が及んだり、空き家自体が犯罪の温床になったりする恐れもあります。こうした危険を減らすべく、最近では空き家バンクも増えてきました。
ー建物にとって一番の大敵は湿気なのでしょうか?
木造は湿気ですね。シロアリも湿度の高い場所を好むので、湿気対策が最も重要だと言えます。日本は高温多湿で湿気がたまりやすい環境です。
日本の伝統的な木造住宅も、夏の湿気を逃すために床は高く、建具(たてぐ)を開ければ風が通るようになっています。当然、締め切った状態で保存することは困難です。
ーそう考えると、どんな空き家でもゲストハウスに活用できるわけではなさそうです
実はそうでもなく、建物の骨組みがしっかりしていれば、改修は必要ですが、ほとんどの空き家はゲストハウスに活用できると思います。細かいことを言えば、都市計画法上で建築可能な地域であれば活用できます。
飲食店などと比べると、ゲストハウスの運営は特別な資格や研修が必要ないことも、若い層のゲストハウス開業が増えている理由の一つです。
相互理解が移住先でのミスマッチを防ぎ、良い交流を生む
ー農山村にゲストハウスができることで、地域にはどのような影響があるでしょうか
ゲストハウスができることで、外からやって来る人との交流が生まれます。ただし、いきなり一方的に交流を求めても、地域住民は警戒心を強めるだけです。
農山村に移住を決めた時から、少しずつ地域の理解を得られるようにできれば、地域との交流が良い効果を生むでしょう。私が調査したゲストハウスで、一つおもしろい取り組みがあります。
地域住民に食事を作ってもらい、それをゲストハウスに持ち込んで宿泊客と一緒に食べるというものです。農山村のゲストハウスに泊まる人は、地元の人との交流を望んでいます。
地域住民にとっても、「他地域から訪れた人と会話ができて楽しい」や「若い人に料理を美味しいと言ってもらえて嬉しい」など、プラスの効果があるようです。
このように、あたたかな交流を生む取り組みが、全国各地で進んでいけばいいなと思います。
ーゲストハウスが、人と人とをつなぐ役割も果たしているのですね
農山村では一人暮らしの高齢者も多く、大勢で食卓を囲む機会も減っています。紹介した事例では、ゲストハウスが食事を通して交流の場をつくったことで、地域の活性化にもつながりました。
ゲストハウスが、宿泊客だけでなく地域住民にもひらかれた場所になれば、地域交流・活性化の拠点にもなり得ます。そういった意味でも、今後のゲストハウスに期待したいですね。
ーこれから農山村地域の空き家に移住したい、空き家をゲストハウスに活用したい人が注意すべきことはありますか?
移住では、単に生活の拠点を移すだけでなく、地域のコミュニティに深く関わっていくことが求められます。若い人の多くは、空き家を購入ではなく借り入れたいのですが、それも簡単ではありません。
気に入った物件が、不動産業者や空き家バンクで見つからないこともあります。私が調査した中でも、自分で空き家を探して個別交渉した事例がほとんどでした。
空き家バンクも増え、これから徐々に借りやすくなってきているものの、今はなかなか難しいのが現状です。20代にとって、いきなり空き家を購入するのはハードルが高いでしょう。
地域になじめなかった場合、空き家を購入してしまっていたら引越しもしづらくなります。家主は地域外に転出している場合がほとんどなので、まずは地域の人たちとのつながりを作り、信頼を得ることが大切です。
そうすると、地域の人が空き家を紹介してくれることもあります。地域の特性を見極めることも大事です。その地域ならではのルールを把握せずに移住してしまうと、ミスマッチを起こしてしまいます。
ミスマッチを防ぐためにも、まずは農山村地域に短期滞在してみることをおすすめします。自治体が開設している滞在施設もありますし、ゲストハウスに滞在してもいいですね。
滞在中に地域住民と交流を持ち、互いのことを理解したうえで移住するとうまくいくと思いますよ。
空き家を活用した建築・地域計画研究室の「地域活性プロジェクト」
ー先生は、研究室のゼミでも地域活性化の取り組みをされているのでしょうか
ゼミでは、農山村の地域づくりや古民家の再生を学生と一緒に行っています。「地域活性プロジェクト」として、継続して取り組んでいるのは3つの地域です。
一つは、筑波山の麓の斜面地にある集落で、過疎化して空き家も増えています。その地域にある古民家の蔵を会場にして、特産の「福来(ふくれ)みかん」をジャムにする体験型ワークショップを開催しました。地域を巡るツアーとあわせて年に2度行っています。
もう一つは、筑波山の東側にある石岡市八郷という、年中通して様々な果物が収穫できる農村集落です。
そこの景観まちづくりの一環として市から受託研究を引き受けています。
八郷では、これまで学生たちがいちご販売所の看板をデザインしたり、小屋の建て替えの基本設計をしたりしています。
また、売れなくなったいちごを使って、小学生と一緒にいちご絵具を作って絵を描くワークショップも実施しました。
三つめは、つくば市の古家(ふるや)を利活用する取り組みです。
学生たちで改修の計画を立てるだけでなく、材料を集めたり、実際に作業をしたりしています。
ー「地域活性プロジェクト」に対する各地域の反応はいかがですか?
筑波大学は地元ということもあり、とても喜んでくださいます。どの地域も高齢化が進んでいるので、若い学生との交流が良い刺激になってくれると、私も嬉しいです。
学生は数年で卒業してしまいますが、研究室としては継続して関わっていきます。そうして積み重ねた信頼関係が、様々な企画の実現を可能にしているので、大変ありがたいことです。
学生には、大学にいるうちに、実際に地域と関わる体験をしてもらいたいと思っています。就職後、仕事として地域活性に直接関わることがなくても、大学での経験を活かしてそれぞれの居住地域で活躍してもらえたら嬉しいですね。
今年は新型コロナウイルスの影響で、前期は各地域を直接訪ねることができませんでした。お盆明けから少しずつ、少人数でしっかり感染対策をして活動することができるようになりました。
コロナ禍でどのような取り組みができるのか、学生たちと考え地域に還元していきたいですね。