満足度の高い住まい選びとは?ライフステージに応じて柔軟な引越しを

世界を揺るがした新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼしています。コロナ禍を契機として働き方が加速度的に見直される中、引越しや移住を検討している人も増えているようです。

今回は、住居移動などについて研究を重ねてこられた広島大学大学院の由井義通先生にお話を伺いました。満足度の高い引越しを叶えるため、私たちは何に気を付ければよいのでしょうか。

由井義通(ゆい・よしみち)

竹原先生プロフィール写真

広島大学大学院 人間社会科学研究科 教授。博士(文学)(広島大学)。

広島大学文学部にて修士課程、博士課程を修了。研究分野は人文学、人文地理学。都市地理学、住宅研究・ハウジングなどを中心に、インド都市研究から地理教育にいたるまで幅広い分野を研究テーマとしている。

約8割が新築を購入する日本では中古住宅市場が育たない

―住居選択について海外を含め幅広く研究を重ねてこられた由井先生から見て、私たち日本人には住まい選びにどのような傾向がありますか?

日本人の住居選択は多様化してきています。以前であれば、独身の間は都心に近い賃貸住宅に住み、結婚して子どもが生まれたら郊外の一戸建てや大型団地を購入するケースが多数でした。

高度経済成長期を皮切りに、いわゆる「住居すごろく」のような流れが生まれ、家を購入することで「あがり」だったわけです。

その後は少しずつ、住まい選びに「これ」というモデルがなくなってきました。本当に多様になってきているな、と感じます。

ただし、海外と比べれば、日本では住宅取得者の大部分が、新築物件を購入する傾向は変わっていません。

英国の研究者とおこなった共同研究の際に確認したことですが、日本人は8割が新築、残りの2割が中古住宅を購入します。一方の英国では、この割合が逆転し、約8割が中古物件を購入して引越すことがわかりました。

日本では新築購入に比重が置かれ過ぎるあまり、通勤・通学などに時間のかかる郊外の物件か都心のタワーマンションか、のような二者択一になりがちです。ライフステージごとに家を替える発想があまりないのも日本の特徴です。

英国などではリタイアメント後に住み替えることが一般的ですが、日本では異なります。子育てしていた頃の家に住み続ける場合が多く、子どもは成長すると別に新築物件を探すので、中古住宅市場が成り立ちにくい社会でした。

住む人がいなくなった空き家が増えたり、高齢者世帯が多い大型団地が出現したりしているのは、必然だったといえるでしょう。

コロナ後の家選びは職場との距離が軸になりそう

―新型コロナウイルスの感染拡大が続き、リモートワークや在宅勤務などが日本でも市民権を得つつありますが、コロナ禍は日本人の住居選択に変化をもたらすでしょうか

多数の日本企業でフレックスタイム制が導入された時期がありましたね。

私は「フレックスタイム勤務が定着すると自由な時間も増えるだろうから、職場から離れたところに住む人も出てくるかな」と思っていたのですが、予想とは反対に都心志向になりました。

コロナ禍で普及しつつあるリモートワークについても同じで、職場近くに住みたい人も増えるのではないかと思っています。

リモートワークならば職場から遠く離れて住むことも可能です。一方で、仕事が終わった後に、公共交通機関を使わずにすぐに帰宅できる場所を選ぶ人もかなり多いようです。

これからは職場にとても近い場所に住む、またはとても遠いところに住むという二極化が進むかもしれませんね。広島県の話ですが、コロナのパンデミックを契機として、空き家バンクへの問い合わせが急増し、瀬戸内への移住も増えたようです。

「引越し=家選び」から脱却して後悔のない引越しを

―都心を離れ地方への移住を考えている人が注意すべきポイントはありますか?

郊外の中古物件を見てみると優良なものが多い印象です。空き家になっていても条件の良い住宅はたくさんあります。

それと、意外に思われるかもしれませんが、不動産業者によると郊外の空き家を中古住宅市場に出すときには、庭木の管理が大変なので庭木をすべて切ってから販売するようです。庭木が無い方が売りやすく、庭木があると売るのが大変のようです。

引越しをする際に「住宅」だけで選ぶ人はまずいないと思います。住居という「箱」だけでなく、そこに紐づく要素も一緒に検討することが重要です。

地方への移住の場合、「家」と「環境」が気に入っても、仕事や働く「場」としては引っかかりを覚えるかもしれません。この点に関して、どうか考えてみてください。

地方では選べる職種が限られる傾向にあります。最近では、行政も若い移住者を呼び込むために様々な施策を打っていて、我々研究者も「こうするといいんじゃないか」と日々アイデアを出しています。

今のようにテレワークが浸透してくると、リモートで完結できる仕事を誘致する自治体も出てきています。気になる人は、自治体のホームページや移住関連のウェブサイトなどをチェックしてみてください。

農山村への移住を呼び掛けてもなかなか反応がないのは、雇用が確保されていないためと思います。農山村での雇用は、役場や農協、高齢者福祉施設などに限られます。

ある自治体では、介護施設での雇用と住居の提供がセットになって、都会からの移住を呼んだところがあります。地元の農作物販売や観光などで地元の人たちとの連携で起業することも可能です。

「魅力的な仕事」の定義は難しいですが、人と触れ合う、コミュニティと交流するなどの要素を重視する傾向があると聞いています。

それと、移住者側においては、すでにその土地でできあがった「場」に入っていく必要も出てくるので、そういった心構えが求められます。

そういった心構えができている人の多くが、受け取る報酬はそれほど多くなくても、生き生きとしている印象です。

自分にとって必要なもの、重視するものを軸に住宅を選ぶ

―先生のお話を伺っていると、移住において自身が何に価値を置くのか、生活における優先順位は何かを再確認する必要があると感じます

子どもがいる家庭なら、教育環境もポイントになるでしょう。「のびのび育てたい」家庭もあれば、「進学先を重視したい」家庭もあり、これら教育方針によっても選ぶ先がかなり変わってきます。

地方へ移住するのであれば、学校についてもしっかり調べたいですね。地域によっては、市町村の合併などで学校の統廃合が行われる可能性もあるので注意が必要です。

「子育て中の夫婦が引越す場合、妻の実家に近い場所を選ぶケースが非常に多かった」という研究結果があります。これは妻の実家が大都市にある場合の研究結果ですが、最近の別の研究では地方にある妻の実家に近くに引っ越すケースも増えているということです。

何を必要とするか、何を重視するかも人それぞれです。良い住環境の形容詞のように使われる「閑静な住宅街」にしても、必ずしも万人がそれを欲しているわけではありません。

例えば、シングル女性の中には、商店街に近いところに住みたいというニーズがあります。これは防犯や治安の観点からですが、ある程度の「にぎわい」が近くにあるのが好きな人は男女や年齢に問わずいますよね。

自分の場合はどうなのか、様々な要素について検討してみてください。

―地方移住や空き家について調べてみたい場合に、おすすめの方法はありますか

ワンストップで情報提供をしているところはなかなかないのですが、全国各地の情報をそろえ、地方移住に関心のある人をサポートする認定NPO法人ふるさと回帰支援センターなどで情報を集めることができます。

また、各県が出店しているアンテナショップで、物品の販売だけでなく移住に関する相談を受け付けている場合も少なくありません。店舗の二階や裏側などに窓口があると見落としがちですが、一度買い物ついでにでもチェックしてみてください。

郊外や地方に眠っている空き家を探したければ、興味のある市町村に問い合わせてみるのがいいでしょう。空き家情報をまとめた「空き家バンク」や、各自治体の地域振興課などで空き家の情報を取り扱っていますよ。

住居選びの考え方を変えれば、違う景色が見えてくる

―先生から、住居選択におけるアドバイスをいただけますか?

日本人の場合、お金を貯め、覚悟を決めて家を買うという考えが根強くあったと思います。しかし、このやり方だと、何かを犠牲にする必要が出てくるでしょう。

例えば、子どもの学校に近いところに居を構えたなら、両親のどちらかが長時間の通勤をしなければならないかもしれません。または、母親が仕事を諦めなければならない場合もあるでしょう。

そして、子どもが巣立って家を出てしまえば「学校が近い」というプラスの要素はなくなります。何かを我慢して7割くらいの満足度で家を買うのが多いケース私たち日本人ですが、今後はライフステージに合わせて住み替える選択肢を視野に入れることをおすすめします。

―先生ご自身は、住む場所を選ぶ際に何を重視されますか?

私自身は、転勤が多く職場が頻繁に変わることが多かったという背景もあって、駅から徒歩10分程度の場所に住んできました。交通の利便性についてはどのライフステージでも重視してきたと思います。

現在の住まいは最寄りの駅まで徒歩10分以上かかります。妻の母親と同居することになり、広い家に住む必要が出てきたからです。

子どもが巣立った後は部屋数の少ない家に転居しようかなと考えることもありますが、妻は子どもが帰った時の部屋が必要と考えているようなので、次に選ぶところは未定です。様々な要素が絡んでくるのが住居選びですね。

―ライフステージに応じて柔軟にして住居選びをすることが、幸せな引越にもつながりそうですね

住む人それぞれの属性や好みによっても、「どんな家を選ぶのがベストか」は違ってきます。これまでの日本では、こういった点があまり考慮されず、画一的に住宅が供給されてきた面があります。

かつては大多数の人が同じように動いてきた傾向がありましたが、今はみんな同じ選択をしなくなってきている。今やっと、住まいを選ぶ人の意識が変わってきつつあるのではないでしょうか。

ライフステージに応じて、生活への要求も変化すると思います。住居という「箱」のことだけではなく、自分の好みや状況、人生の段階について総合的に検討して、満足度の高い住まいに近づいてください。

関連記事

夏も冬も気持ちいい、自然素材に囲まれた「和室」を経験してみよう

マンションなどの集合住宅が増えるにつれ、私たちが和室で暮らす機会は減っています。一方で、和室に憧…

Iターン移住者の活躍と寛容な農山村コミュニティ

山形県の農山村をフィールドとしてIターン移住の研究をされている、跡見学園女子大学の土居洋平先生に…

地域社会とつながることで得られる安全な環境と健康

核家族化、新型コロナウイルスの影響によるテレワークの定着などで、私たちのワークライフバランスは絶え…

「ちちぶ空き家バンク」が生み出す地域社会の好循環

若者の農山村地域への移住ブームで、空き家バンクが地域に果たす役割も広がりを見せています。今後は、コ…

人口減少時代の地域社会で若者が定着するには

少子高齢化が叫ばれて久しい日本において、地方の高齢化は深刻な問題です。一方で、新型コロナ…