新たな交流が地域の価値を生むー学生が掘り起こす北九州の魅力

引越しや移住先に予定している地域には、どのような特徴がありますか?自然や文
化、そこに住んでいる人々を知ることで、より良い生活を送ることができるのでは
ないでしょうか。

今回は、北九州市立大学の岩本晃典先生にお話を伺いました。先生と学生が取り組
む3つの実習を通して、人と人との交流が生む地域の魅力を見ていきましょう。

岩本晃典(いわもと・あきのり)

岩本先生プロフィール写真

北九州市立大学 地域共生教育センター 特任教員。修士(観光学)。
北海道大学 国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻 博士前期課程修了。
札幌ベルエポック製菓調理専門学校の非常勤講師(社会学)を経て、2020年より現職。
北九州市立大学では「猪倉実習(猪倉農業関連プロジェクト)」「ボン・ジョーノ 実習」「キタキュープロモーション」の3つの実習を担当している。

新しい地域の価値は「人と人との交流」によって生まれる

ー先生が研究対象として「地域社会」に注目されたのはいつからですか?

まず、大学院時代に着目したのは「若者のライフスタイル移住」です。

従来であれば、移住の理由は転職や親との同居などが占めていました。ところが、若者の中には、地域文化や趣味などが移住のきっかけになっている例があります。

フィールドワーク調査では、様々な人と出会うことができ楽しかったです。ワクワクの連続でした。

東日本大震災をきっかけに、安全にサーフィンができる環境を求めて移住した家庭を調査したことがあります。一家は高齢化が進む土地に移り住んだのですが、自然豊かで、子育て知識の豊富な人々に囲まれ、収入や利便性だけではない地域の価値を見出していました。

ー移住によって、地域価値を生み出すような、新しい交流が生まれたのですね

そうですね。以降は、地域の人々の、観光客や移住者との交流を分析対象にしています。地域住人は外からやって来る人々をどうとらえるか、また移住者には地元の人々がどう映っているかに注目してきました。

フィールドワークにおいても、地域社会学と観光学をあわせた観点で調査を進めています。

地域の外から訪れる人にとって、観光はたくさんの名所・スポットを巡る通過型であり、「消費するもの」というイメージかもしれません。それでも、観光によって生まれる交流が、地域に良い影響をもたらすと信じています。

私の研究目的は、住民の交流を通した地域活性化の仕組みを構築することです。人と人とのつながりで、地域社会はより良くなるはずですから。

ー前任校の札幌ベルエポック製菓調理専門学校では、お菓子文化・食文化を通して、生徒に地域社会学を教えておられたのですね

はい。「お菓子の社会学」と題して授業を受け持っていました。

北海道は菓子文化が発達しています。道外から札幌の、北海道のお菓子を買いに来る人と、地域住民の交流は大変興味深いものでした。

北海道は、生クリームや牛乳などの生産地として知られ、一種ブランド化している面もありますね。北海道を訪れる多くが、「質の良いものを消費したい」というQOL(Quality of Life)の高い人々です。「北海道で店を構えたい」あるいは「自分の店でも良いものを提供したい」と考えているパティシエや事業者もやって来ます。

「お菓子の社会学」の授業を通して、こうした意識の高い来訪者との交流が、札幌の菓子ブランド力を高めていることがわかりました。地元住民の「来訪者の期待に応える良い菓子を作りたい」という意識につながっていたんです。

良い食材を使って、質の良いお菓子を提供することで、来訪者から「美味しいですね」「札幌っていい所ですね」と褒めてもらえる。それが、地元住民の誇りになっているんです。

こうした交流によって生まれた良い影響が、札幌の菓子文化をいい意味で壊し、刷新する過程を、私たちは授業を通して目の当たりにしました。それに何より、生徒と一緒に美味しいお菓子をたくさん食べられたので楽しかったです(笑)。

実習を通して「会いたい」と言ってもらえる関係に成長

ー現在、先生は北九州市立大学で3つの実習を担当されていますが、そのうち「猪倉実習(猪倉農業関連プロジェクト)」では何をされているのでしょうか?

猪倉実習を行っているのは、北九州市八幡東区の高槻・猪倉地域です。中山間地域に分類され、代々兼業農家をしてきた人、猟をする山師、八幡製鉄所に勤めていた人などが住んでいます。

こうした特性を持つ地域で、猪倉実習においては、農業を介したコミュニケーションをベースに活動しています。大学で畑を借りて野菜を生産し、一人暮らしの高齢者など買い物に不自由している住民に配る中で、少しずつ交流を深めてきました。

学生たちは実習で「地域住民の一員」になることを目指しています。週末は必ず猪倉町にある長屋(猪倉サテライト)に宿泊しますし、町内会費を支払って自治会にも参加するんですよ。

ー学生たちは自治会にも参加しているんですね!

「学生」という枠から「住民」になるためには、地区の運営に入り込み、真剣に取り組む必要があります。自治会に参加し、地域の人々と交流を重ねることは重要です。

そうして10年をかけ、北九州市立大学の学生たちは「ローカル化」していきました。

地元の方々も、同じ住民として学生たちに接してくれます。高槻まちづくり協議会の中に北九大部会という部会を設置してもらい、イベント運営やまちづくり活動を一緒に進めているのですよ。

最近では、住民と一緒に芋を育てて収穫しました。その芋を使って、地元の無法松酒造と協力して焼酎づくりに取り組んでいます。

芋焼酎は住民とのコミュニケーションにも役立っていて、神事で奉納したり、集会所でみんなで飲んだりしています。こうした活動を通じ、同じ住民として議論できるまでの関係になれました。私もとても嬉しいです。

猪倉実習で地元の方と学生が芋を収穫した時の集合写真

猪倉実習では、オール地場産の芋焼酎を生産・販売する「芋焼酎PJ」に取り組んでいます。

ー10年にわたる学生の活動が、着実に実を結んでいますね

学生も、1年生のうちは農作業や地元の人々との交流を楽しむことがメインですが、2年生になると地域の構造がわかってきます。構造が理解できると、「ここをもっと良くしたい」「自分にはこれができる」という発想が生まれ、頼もしい地域運営者に成長していきます。

アイディアを形にする方法を学び、その形になったものが実際に地域の役に立ち、地元の人々の信頼を勝ち得ていく。そうして絆は深まっていくのでしょうね。

2020年の前期は、新型コロナウイルスの拡大で、学生たちは猪倉へ行くことができませんでした。すると、地元の方々から「学生に会いたい」と連絡をいただいたんです。

「会いたい」と思ってくださるのは、学生たちを家族と認めてくれているからです。新型コロナウイルスで引き離され、残念な思いもしましたが、絆の強さを感じる出来事でもありました。

私も、学生たちが地域の方々とうまくコミュニケーションできるよう、これからも精一杯助力していけたらと思います。フィールドワーク調査で培った知識が、少しでも役立てば嬉しいですね。

新しいコミュニティの魅力を創造する活動

ー2つめの実習「ボン・ジョーノ実習」を実施している地域は、先にご紹介いただいた高槻・猪倉地域とは、また違った特性を持っていますね

BONJONO地区(小倉北区城野駅周辺)は、「環境未来都市北九州市」の主要プロジェクトの舞台となっていてます。二酸化炭素の排出を大幅に減らし、子どもから高齢者まで様々な世代が暮らしやすいまちづくりに取り組んでいる地区です。

高槻・猪倉地域は数百年続く集落でしたが、BONJONO地区の方はまったくの新興住宅地域です。「ボン・ジョーノ実習」の学生たちは、新たにコミュニティが形成されている中で取り組みを進めています。

BONJONO地区には「TETTE(てって)」という住民のための集会施設があります。大変おしゃれな建物で、ここを拠点として学生たちはプロジェクトに関わっています。

ー「ボン・ジョーノ実習」では、学生たちはどのような取り組みをしているのですか?

まず、月に1回のペースで実施しているのが「TETTE会」という、子ども会のようなイベントです。主に30代の若い世帯のお子さんが、季節ごとのイベントを楽しんでくれています。

この間はハロウィンをしたのですが、今年は新型コロナウイルスの影響もあり、密を避ける工夫が必要でした。そこで、学生たちが地元の企業や病院などを訪ね、動画を撮影したんですよ。

その動画というのが、皆さんに仮装をしてもらってキーワードを言ってもらうというものでした。動画を見た子どもたちが、TETTEでキーワードを伝えてお菓子をもらうというイベントにしたんです。

感染対策を十分にして、子どもたちに楽しんでもらえる企画ができたと思います。

TETTE会のハロウィンパーティーにて学生が子供にお菓子をあげている写真

2019年に「TETTE会」で学生たちが企画したハロウィンの様子。子どもたち向けのイベントを通じて、若い世帯同士の交流も生まれています。

住民のお子さんを対象にした「たべTETTE」は、コミュニティ形成を主な目的とした“こども食堂”です。こども食堂といえば、最近では貧困家庭の救済策として知られていますが、BONJONO地区では住民同士のコミュニケーションの場となっています。

また、BONJONO地区にはまだ回覧板がありません。そこで、住民の取り組みを紹介したり、イベントを告知したりする「TETTE通信」を、学生が情報収集・デザイン考案までして月2回配布しています。

いずれの取り組みも、住民の皆さんと一緒に、アドバイスもいただきながら進めています。BONJONO地区には、地域の相談窓口としてタウンマネージャーがいるので、学生たちも協力をあおぎつつプロジェクトを進めています。

ーボン・ジョーノ実習を通して、学生たちはBONJONO地区にとってどのような存在になっていますか?

学生たちはBONJONO地区に入り込み、大いに存在感を発揮しています。頼もしい限りです。地域住民の「ボン・ジョーノ実習の学生」に対する信頼が厚く、企画を受け入れてもらいやすい土壌ができていると感じます。「学生さんのためだったら」と、住民の皆さんがまとまってくださるんです。

学生たちも、活動を通して信頼を得ようと、内容の大小に関係なく地道に真剣に取り組んでいます。学生たちは、企業や病院、銀行なども巻き込みながら活動の幅を広げています。

私にとって、ボン・ジョーノ地区の皆様は、学生を一緒に育ててくださる大変ありがたいパートナーのような存在ですね。

周囲を巻き込みながら北九州の魅力を発信する力

ー他2つの実習がコミュニティづくりに寄っているのに対して、3つめの実習「キタキュープロモーション」は学生による事業運営がメインのようですね

「キタキュープロモーション」は北九州をプロモーションしていこうという取り組みです。学生たちが主体となって“北九州らしさ”を伝えるために事業を企画します。

今年は北九州の魅力を伝えるためのカフェを運営する予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で当初の計画は実現できませんでした。

ーカフェの計画はどうなったのですか?

学生たちの発案で、オンラインで進めていくことにしました。オンラインの「キタプロカフェ」です。

「キタプロカフェ」では、お客様にあらかじめボックスを届けます。ボックスには北九州のお菓子などが入っていて、オンラインイベント当日にボックスを開けてもらうという流れです。

オンラインイベントでは、北九州の“今”や“魅力”を感じてもらえるよう、お届けした物とリンクさせながら情報を伝えていきます。オンラインであっても、お客様からの質問に答えるなど、双方向のコミュニケーションは実現可能ですしね。

ー困難がありながらも、地域の魅力を発信する機会創出ができましたね!

いいアイディアが出せましたね。このように、学生たちがイベントを立ち上げるためには周囲の協力が不可欠です。

キタキュープロモーションでは、企業支援をされている「COMPASS小倉(北九州テレワークセンター)」が学生たちを受け入れてくださっています。

COMPASS小倉の方々からは、経営の手法や、起業には何が必要なのか、いろいろとアドバイスをいただいています。学生たちのアイディアを実現するために支援いただき、大変ありがたいことです。

キタキュープロモーションのメンバーと、COMPASS小倉の方の集合写真

「キタキュープロモーション」のイベント班メンバーは、COMPASS小倉が行うイベントの主催、ビジネスコンテストの企画などを担っています。

また、GRAN DA ZUR、湖月堂、ひよこ、つる平といった福岡県に拠点をおく地元企業からも協賛と協力をいただき、この企画が開催できました。

地元を愛し、深く理解しているからこその取り組み

ー3つの実習について伺い、学生の皆さんの実行力の高さに驚きました

私自身も元気づけられています。「自分だったらできないな」と思うようなことでも、どんどん実現していくので頼もしいです。

学生たちのバイタリティを目の当たりにすると、私も研究をがんばろうという思いが湧いてきます。

ーそれだけに、今年の新型コロナウイルス拡大は、学生の皆さんも残念だったでしょうね

2020年の春から夏にかけては、各実習先にまったく出向くことができませんでしたね。

実習先の皆さんから「会いたい」と言ってもらったのですが、学生たちは「自分が感染源になってはいけないから」とがまんしていました。高齢者の多い猪倉地区、小さなお子さんがいるBONJONO地区などに行くことが、いかに危険か自覚していましたから。

そんな中で、責任感を強く持ち、オンラインでの活動を続けてきました。新型コロナウイルスに限らず、常に何らかのリスクはあるのだと改めて実感する機会になったと思います。

そこで、新しい生活様式の中でもしっかりと活動できるよう、感染対策を盛り込んだ実習マニュアルを作成しました。

マニュアルでは距離の取り方、マスクの交換頻度、アルコール消毒の方法など、細かいところまで決めてあります。自治体のマニュアルを参考に作成し、私の出身校である北海道大学の医学部にもアドバイスしてもらいました。

ー学生と先生の、地元の皆さんへの愛が伝わってきます!

マニュアルが完成したことで、秋からはようやく実習先に行くことができるようになりました。畑を耕したり、子どもたちとイベントを楽しんだり、学生たちも生き生きしていますよ。

活動を通して、学生たちは地域への愛着を深めていきます。住民の一員として地域の魅力を深く理解し、良き発信者となってくれていると感じます。

私たちの取り組みを通して、北九州の魅力を広く伝えていくことができれば幸いです。この記事をきっかけに北九州、ひいては地方文化に興味を持っていただければ、とても嬉しく思います。

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